展示・イベントにっぽんアニメーションことはじめ~「動く漫画」のパイオニアたち~展

国産アニメーション誕生100周年記念展示

にっぽんアニメーションことはじめ~「動く漫画」のパイオニアたち~展

【前期】2017年4月6日(木)~5月30日(火) 
【後期】2017年6月1日(木)~7月2日(日) 

京都国際マンガミュージアムでは、この度、国産初のアニメーション映画作品が公開されてから今年で100周年になることを記念し、企画展「にっぽんアニメーションことはじめ~「動く漫画」のパイオニアたち~展」を開催します。
本展では、当時の先駆者たちが果たした大きな役割を顕彰するとともに、その背景などを紹介します。

  • 休館日
    毎週水曜日(5/3を除く)
    5月23日(火)~26日(金)
  • 会場
    2階 ギャラリー4
  • 料金
  • 主催
    京都国際マンガミュージアム
    京都精華大学国際マンガ研究センター
    Animation As Communication
  • 共催
    おもちゃ映画ミュージアム
    映像提供
    日本アニメーション文化財団
    安田彪
  • 協力
    川崎市市民ミュージアム
    東京国立近代美術館フィルムセンター
    大阪府立中央図書館国際児童文学館
    和歌山県立近代美術館
    音楽学校メーザー・ハウス
内容

100年前の1917年1月、当時駆け出しの漫画家だった下川凹天(しもかわへこてん)の手によるアニメーション映画『凸坊新畫帖 芋助猪狩(でこぼうしんがちょう いもすけいのししがり)の巻』が、浅草公園六区の映画館で封切りされた記録が残っています。

この作品が国産初のアニメーション映画だと考えられますが、残念ながら現存が確認されておらず、半年後に公開された、漫画家の幸内純一(こううちじゅんいち)による『塙凹内名刀之巻(はなわへこないめいとうのまき)』(通称『なまくら刀』)が現在発見されている日本最古のアニメーション作品とされています。
(注:従来最初の作品とされてきた『芋川椋三 玄関番の巻』は、最近の研究で第一作目では無かったとされています。)

本展では、当時アニメーション制作に挑んだ4人の先駆者として、下川凹天、幸内純一の他、漫画家の前川千帆(まえかわせんぱん)、画家の北山清太郎(きたやませいたろう)を紹介すると共に、戦前の漫画文化とアニメーション文化の交わりが分かる関連資料や、『なまくら刀』などの展示・上映を行います。


出展品(一部)

  • 現存最古の国産アニメーション映画『なまくら刀』の展示上映
    (1917年、小林商会制作、監督:幸内純一、4分、サイレント、国立近代美術館フィルムセンター所蔵)
  • 下川凹天による現存しない国産初のアニメーションを現代の作家たちの感性で蘇らせたトリビュート作品上映
  • 雑誌『東京パック』
    (国産初のアニメーションの原作となったと考えられる下川凹天作の漫画「芋川椋三」を掲載した雑誌)
  • 今まで注目されることのなかった4人目の先駆者で、京都出身の漫画家・前川千帆に関する資料展示
  • 北山清太郎が制作した初期アニメーション映画を元にしたと思われる新発見の絵物語の展示
  • ディズニーなど海外のアニメーションが国内の作家たちへ与えた影響など、戦前期の漫画とアニメーションの関わりに関する資料の展示
  • 知られざる戦前期のアニメーション映像の展示(おもちゃ映画ミュージアム所蔵)

展示総数約170点 (雑誌・書籍資料:約90点 映像資料:10点 その他複写・写真資料:約70点)

下川凹天「芋川椋三(部分)」
『東京パック(第11巻22 号)』(1915年)
京都精華大学国際マンガ研究センター
京都国際マンガミュージアム所蔵

『正ちゃんの動物地獄』
おもちゃ映画ミュージアム所蔵


-プロフィールなど-

下川凹天(しもかわ・へこてん)(1892年5月2日 – 1973年5月26日)

沖縄県宮古島出身、本名下川貞矩(さだのり)。14歳で漫画家の北澤楽天に入門するが、素行不良で破門される。その後、陸軍陸地測量部などを経て、1912年『楽天パック』で漫画家としての活動を始めた。1916年末、天活(天然色活動写真株式会社)の依頼により短編アニメーション制作を開始し、1917年1月に公開。これが国産初のアニメーション映画とされる。

 

北山清太郎(きたやま・せいたろう)(1888年3月3日 – 1945年2月13日)

和歌山県出身。1907年、大下藤次郎が起こした日本水彩画会に入会。1911年5月脱退。東京に移る。1911年、日本洋画協会設立、『現代の洋画』を刊行。1912年9月斎藤与里、岸田劉生、高村光太郎らの「フュウザン会」の設立・展覧会開催を支援。1916年夏、映画館で開催していたアニメーションの特集上映会を見たことで制作に興味を持ち、独力で研究を開始。その後、友人の斎藤五百枝の紹介により日活(日本活動写真株式会社)と接触、契約にこぎつける。1917年1月頃から日活向島撮影所でアニメーションの制作を始める。

 

幸内純一(こううち・じゅんいち)(1886年9月 – 1970年10月6日)

岡山県出身。1905年、水彩画を学ぶために三宅克巳に入門。翌年、太平洋画会に入会。1908年、三宅から北澤楽天を紹介され東京パック社に入社、楽天の退社に伴い『楽天パック』に移籍。1912年12月から東京毎夕新聞に入社し政治漫画を執筆。1917年2月、小林喜三郎の依頼により前川千帆と共にアニメーションの制作を始める。

 

前川千帆(まえかわ・せんぱん)(1888年10月5日 – 1960年11月17日)

京都府出身。本名石田重三郎。1905年、関西美術院に入学、鹿子木孟郎に師事。この頃、賞金目当てに新聞などに漫画を投稿し始める。1912年上京し、東京パックに入社。楽天の退社に伴い『楽天パック』に移籍。1915年京城日報社に入社し朝鮮へわたる。1917年、幸内と共にアニメーションの制作を始める。

 

Animation As Communication(アニメーション アズ コミュニケーション)
モリシタトヨミ(アニメーション作家/研究者)、髙田苑実(アニメーション/映像作家)、新美ぬゑ(イラストレーター/マンガ研究者)によるクリエイティブ・ユニット。2010年からアニメーションの制作、ワークショップ、上映会、及び展覧会の開催などに関わる活動中。本展の企画構成などを担当。

 

 

※スケジュール・内容については変更の可能性があります。予めご了承ください。

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