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マンガ家インタビュー

第1回 やなせたかし先生インタビュー

やなせたかし――。
いわずとしれた「アンパンマン」の生みの親。漫画家にして詩人、デザイナーにして絵本作家。「手のひらを太陽に」を作詞したかと思えば、歌も歌う。[※1]
「アンパンマンミュージアム」(高知県香美市)によって地域の活性化を成功させ、 日本漫画家協会の理事長としてマンガ界全体をひっぱってこられたこのマルチクリエイターに、「京都国際マンガミュージアム」に期待されることなどをお聞きした。

◆ 動画:描くやなせ先生(QuickTime 14.3MB)

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1.ミュージアムに期待されること

新宿にあるやなせスタジオの応接間の一角に、やなせ先生の絵本デビュー作「やさしいライオン」の中国語版が、 アンパンマンに守られるように飾ってあった。
その「アンパンマン」も、原作絵本はハングルなどに翻訳されている。アニメ版も英語吹き替えがあり、 海外でも大人気だ。

いま、日本のマンガやアニメが、世界中で注目されている。
海外からは、この魅力的な文化に惹かれ、多くの人がこの「マンガ王国」日本にやってくる。

「いま日本はマンガ王国と呼ばれてますよね。だから、 中国人とか韓国の人が日本にマンガの勉強に来る人が結構いるんですよ。それは、アニメスタジオで働いていたり、 それから、マンガ家の助手やったり色々ことしてる人が結構いるんですよ。台湾からも結構来てるんですね。

しかし、[マンガを]勉強するところ、きっちり集めてるところはないんです。 ですから、これはもうぜひ必要だと思ったわけですよ。[※2]
外国だと、小さなところーー例えばベルギーなんかでも国立のマンガミュージアムはあるんですね。 [※3]それはほとんど市の中心にあるんですよ。立派なもんでね。 これは一回みてほしいんだけど、みて楽しい感じになってる。ベルギーの場合は「タンタン」が一番有名なんで、 それが中心になってますけども、あともマンガ家の配列が非常によくできてるんですよ。地下の方が、 図書館になってますよね。そこに「日本の部」とかもある。

これ[=マンガミュージアム]は他の国にもあるんですよ。ところが、日本にはそういうものがない。
日本には、個人[作家]がやってるミュージアムってのはあるんだけどーーつまりぼくもやってるし、 石ノ森[章太郎]もやってるし、長谷川町子美術館もあるんだけど[※4]、 あくまでもそれは個人[作家を焦点にしたマンガミュージアム]なんです。系統的なものがないんですよ。
だから、今回、[京都国際マンガミュージアムがやろうとしている、書誌] データとって、検索すればパッと全部わかるというね、それはもうすごく必要なんだと思う。 ぜひやってほしいですよ。

ただ、やってほしいんだけどね、あんまり学問的過ぎるとですね、今度は、人が来てあんまし面白くない、 ということになるんで、マンガ本来の楽しさというかね、面白いという部分もですね、今度の館ではぜひ作ってほしい。

要するにそういう施設ですね。
あるところに集中してしまう……例えば、手塚治虫を「鉄腕アトム」だけでやるっていうのは、それは悪いんでね。
だから、しょっちゅう模様替えしていくっていうのかな。今回は手塚特集である、 今回はさいとう・たかを特集であるとかですね、そういうふうにーーあるいは、浦沢直樹でもいい、 色んな催しがしょっちゅうあるっていう風にね、してほしい。

いままで「マンガ博[覧会]」とかそういうのやって失敗するのは、全員[の作家を取り上げようとする展覧会]を やってしまうからなんですよ。ところが、いまのマンガファンってのはね、そうじゃないんです。 つまり、浦沢直樹なら浦沢直樹にくっついてる人が非常に多い。非常に個人的になってるんですよ。

ですからね、今回は手塚治虫だとか、あるいは、今度は少女マンガの人を取り上げるとかですね、 そういう中心[的な展示]を絶えず作っておいてですね、後は、深くみようとする人は、色んなところもみられて、 索引しようと思えば出てくるっていう……来る人にとってはやっぱりね、なんかの中心があった方がいいんで。
一番最初[の展覧会]はね、いくらかばら撒いた[=網羅的な]感じがいいかなぁと思うんですけど、そっから先は、 やっぱり個人に焦点を当ててですね、繰り返していくっていうか。」

「これはぼくらが東京でやらなくちゃいけないことだったんだけど[笑]、 そういうのはお金がかかるしできなかったんだけど……。
でもそれが京都にできるってことはね、これは、ぼくらにとってもすごいうれしいことです。 京都だってね、必要だったら、こちらから行きますよ。ええ、とても必要だと思います。

マンガ家の協力も必要です。特に松本零士なんてのは、すっごいコレクターで、 松本コレクションはすばらしいんですが、そういう人に協力してもらってですね、 やればいいんじゃないかな。小学館がこの前、古いマンガの松本零士コレクションを中心にまとめた [松本零士、日高敏『漫画大博物館ーー1924-1959』(小学館クリエイティブ、2004年)という本を出した]んだけど、 今年は現代マンガを中心にまた同じような本を出す。ですから、出版社ともぜひ協力してですね[略]。 やっぱり出版社の協力がないとですね、本がくまなく集められないんですね。[マンガミュージアムでは] 新しい本も入れていきたいわけですから、それについてはどうしてもね、出版社が協力しないとできないですよ。 だからね、まぁ、できればタダで本をもらいたい[笑]ってのがあるんですが、それによってマンガが盛んになり、 読む人口も増えるっていう部分をね、出版社に与えないとですね……つまり、 そこへ行けば全部タダで読めるのかってことになるとですね、反発するところが出てくるんで[略]。

もちろん原画展だとかですね、それから例えば、下書きばっかり集めるとか……要するにアイデアの部分ですね、 どんな風に考えていくのかっていう、裏側の部分をみせたりですね、そういうことはやってほしいと思う。
それから、いまはもちろんアニメーションを無視するわけにはいかない。アニメーション関係もぜひやってほしい[略]」

[インタビュアー:現在、マンガやアニメは、新産業としても、 国や産業界から注目を集めている。]

「今はね、そういう時代で、つまりマンガってのはこれは産業なんだ、っていうね。実際に、 約2兆円くらい稼いでるんですね。
そして日本のマンガって言うのは外国ですごい評判がよくてね……えー、つまりね、 外国のマンガってあんまし面白くない。

ただしね、日本のマンガは面白いんだけどね、行き過ぎてる部分がある。 要するにバイオレンスとか、極端に行き過ぎてる部分が攻撃されてるんだけど……でも、 面白いって言うのは間違いなく面白い。だから、諸刃の剣って言うか、片っ方はいい部分もあるんだけれど、 つまり外国でも人気があるって言うくらい面白いんだけど、片っぽじゃちょっと行き過ぎてしまっていて。
特に外国っていうのは宗教、キリスト教が中心になってるんですね。その道徳に反する部分があるわけです。 だから、教会から攻撃されたりですねーーブルガリアなんかでも攻撃されてるんですね。日本のアニメを一切入れない、 とかね。一部分をみてそう言ってるんですけど、そういう部分があるんでね。
そのためにも日本のマンガの質を上げていく必要がある。[その意味でも] 今度のこと[=マンガミュージアムができること]はとてもいいんだと思いますけどね。」

[略]
「東京もいまね、国際アニメフェスティバル[※5]っていうのをやっててですね。 あれも絶対失敗するだろうと思ったんだけど、段々大きくなっちゃって[笑]。 あれは石原慎太郎が要するにアニメが産業だって言い出して、やり始めたんですよね。
これはだから、京都にミュージアムができてからなんだけど、そこを中心にしたコンクールっていうかね、 そういうのもやっぱりやった方がいいと思うんですね。コンペとか、それから、そこの賞ですね。奨励するっていう。 そういうこともやった方がいいと思うんですね。」

「このマンガミュージアムを作るの、すっごい大変だと思う。
日本は[マンガが]メチャクチャ多いですから。
でも、質の悪いマンガも無視するわけにはできないんですね。それも日本のひとつの現実ですから。 例えば、コンビニなんかにおいてある、相当品が悪い本があるんですけど、あれもひとつの現実なんですよね。 ポルノっぽいマンガも結構多い。
[略]こういうのをやる以上はですね、そういう汚点の部分というか、それもですね、 これも日本のマンガの現実なんだってね、やっぱり、揃えていくべきでしょうね。 ほとんどの人が気付いてないっていうか、いや、読んでる人は読んでるんだけど……うーん、例えば文化庁だとかね、 みてないんじゃないかなぁ。」

[インタビュアー:マンガミュージアムでは、閲覧システムに十分気を使いながらも、 あらゆるマンガ資料を収集の対象にしている。]

「日本はホントに種類が多くて無限大ですから。マンガ家自体[マンガの全体像]がわからない。 何人かの人に聞いたんだけどね、自分の周囲の人しかわからない。少女マンガ家であってもね、 少女マンガ全体のことはわからない。
昔はそうじゃなかった。つまり、横山隆一の時代には、全部わかりましたよ。 子どもマンガの部分まで大体のことはわかりました。手塚くんの全盛時代も、大体こう手塚山脈でできてるんでね、 概略わかったんです。
ところがいまは全くわかりません。今はね、ひとつの、こう頂上ってのがないんです。 これは文学もみんなそうなっちゃってる。ひとつの親分がいてですね、そこにこう分かれていくという状態がなくなってしまったんです。ですから、その分野の人はその分野のことだけしかわからない。」

「[全体像は]誰にもわかりません。マンガ評論やってる人でもわかりません。あまりにも数が多い。
あまりにも多くてですね、全部に目を通すことが不可能ですね。ホントに昔はそうじゃなかった。昔はね、 大体わかりました。別の分野の人でもね、大体わかったんですね。でもいまは全くわかりません。
マンガ家自体の交流がなくなってしまった。昔は、マンガ家同士がね、芝居やったり色んなことして遊んでた。 しかしいまはなくなってしまった。なぜかっていうとですね、全部プロダクションになってしまってですね、 全部そのプロダクションの中でやってるわけですよね。ですから、よそのことがわからない。
まぁ、せいぜい編集者がある程度わかってると思うんだけど、それも自分の関係者だけしかわからない。 ほんとにわからなくなりました。」

「だからこういう施設はですね、全体がわかるっていうか……[略]このコーナーに行けばわかる、とか、 そういう風になって欲しいと思います。」

[※1] Back
先生の多彩な半生に関しては、自伝『アンパンマンの遺書』(岩波書店、1995年)『人生なんて夢だけど』(フレーベル社、2005年)などに詳しい。また、圷紀子作・高見まこ画によってマンガ化もされている(『アトムポケット人物館12 やなせたかし』講談社、2002年)。

[※2] Back
やなせ先生はかつて、グローバルな視点に立った上で、総合的「マンガミュージアム」の必要を説いていた。
「日本は世界最大のマンガ大国でリーダーシップをとっていると思います。あのマンガ先進国のアメリカの漫画家でさえも、いまでは日本の漫画家に憧れています。そういう中、日本には国立のマンガミュージアムもない。日本漫画家協会も残念ながら世界の中にあっては貧弱かもしれませんね。/日本の漫画家は外国へ行き、外国の漫画家協会のお世話になっているけど、日本に来た外国の漫画家に対して国際会議ができるかというと、ちょっと心もとないんです。マンガ大国としては恥ずかしい。」(『漫画新聞』「漫画家リレー訪問記 21世紀幕開け記念特別企画 アンパンマンのやなせたかし先生に聞く!」)。

[※3] Back
ベルギーのブリュッセルにある「Centre belge de la Bande dessinee/Belgisch Centrum van het Beeldverhaal」。最近60年間の漫画家650人の作品2万5000点を所蔵。漫画図書館も併設している。http://www.comicscenter.net/

[※4] Back
「香美市立やなせたかし記念館アンパンマンミュージアム」(高知県香北町 http://www.anpanman-museum.net/
「石ノ森章太郎ふるさと記念館」(宮城県登米市 http://www.city.tome.miyagi.jp/kinenkan/
「石ノ森萬画館」(宮城県石巻市 http://www.man-bow.com/manga/
「長谷川町子美術館」(東京都世田谷区 http://www.hasegawamachiko.jp/

[※5] Back
2006年度で5回目を迎えた「東京国際アニメフェア」。http://www.taf.metro.tokyo.jp/参照。


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